夏休みの思い出 自転車で銀座に行ったことがあります恥ずかしかったです

夏休みの思い出 自転車で銀座に行ったことがあります恥ずかしかったです


今日は中学生高校生のころの自転車について書きます。夏休みの思い出です
自分の人格形成のベースとなったのはサッカー部自転車だと思っています

北海道へ出発

このころはランドナーという種類の、旅行用自転車に乗っていました
スタイルとしてはテントを積んでツーリングするというものです
こんな感じです

ツーリングで一番長期間の旅にでたのが、北海道を1か月くらい放浪するというものでした
自分は九州に住んでいましたから北海道までは交通機関を使います
九州から北海道まで自転車で行くと往復で旅が終わってしまうので笑、交通機関を使います
いろいろ調べるとフェリーが一番安かったです
フェリーはすごく時間がかかるんですが、時間はあるが金はない学生にはぴったりでした
(後で落とし穴があったことはこの時は知るよしもない)

自転車で銀座に行きました恥ずかしかったです

九州から東京までフェリーで行って、また東京から北海道までフェリーで行きます
東京のフェリー乗り場は晴海ふ頭にありました。乗り換え時間があったので自転車で晴海ふ頭から近い銀座まで行きました

街をぶらぶらするのに自転車がじゃまです
どうしようかなと思って思いついたのがこれです
「駅前の自転車預かり所」に預ける
あはは、これ田舎の人ならわかるかなあ 田舎には駅の前に1日いくらで自転車を預かってくれるところがあったんですよ。駐輪場じゃないですよ おじさんにお金払って預かってもらうやつです

自分は道行く人に聞きました。銀座のど真ん中で。「自転車預かり所はありますか」
なぜかみんな怪訝な顔をします
何人かに聞いて悟りました。「都会にはないんだ」
しかたないので、自転車といっしょに時間つぶししました。スマホとかない時代ですから本当に暇でした
銀座にある出版社のマガジンハウスの前で時間つぶしていたら、警備の人に自転車をどかしてくれと怒られました(笑)
マガジンハウスは『ポパイ』とか出版していたので好きなんです

フェリーに乗り込みます

北海道行きのフェリーの中にはバイク乗りがたくさんいました
みんなバイクで北海道をツーリングする人たちです
このバイクの人たちには後に助けてもらうことになります

さあ、いよいよ北海道に上陸です

北海道上陸

東京からフェーリーに乗り込み、北海道に到着しました
生まれて初めての北海道です。それも大好きな自転車と一緒です
夏の北海道、もうワクワクしかありません
言い遅れましたが一人旅です

予定としては右回りに北海道を一周し、ちょいちょい内陸部も走るというもので、期間は約一ヶ月です
テントを積んで走るので、基本的にテント泊です
北海道は、たくさんキャンプ場があるのでそれを利用します
テントを持ってるので空き地でも泊まれるのですが、私有地の場合許可をとるのが面倒ですし、水とトイレが有るキャンプ場に泊まりました

でもですね、自分は毎日走るので、夕方にキャンプ場に到着してテントを設営して、また次の早朝にはテントをたたんでというのが段々面倒になってきました
なので、旅の後半は、駅に泊まりました。基本は無人駅の待合室です

有人駅も泊まりました、駅員さんに「待合室に泊まっていいか」たずねてOKをもらって泊まりました。
今はそんな許可はしてくれないかな。昔のいい時代でした
比較的大きな駅は駅自体がシャッターで閉鎖されるので、待合室には泊まれません
その時は駅の軒先でシュラフに包まって寝ます
身なりは汚いのですが、自転車があるので皆さん「ああ、自転車で旅してるんだな」と見てくれるので、浮浪者と間違われることがなかったのは良かったです

小樽駅の軒先で寝てた時です、物音で目覚めると顔の横をスーツの会社員がたくさん通ってて恥ずかしかったです

ある田舎の駅の待合室で寝る準備をしてたら、駅前の理髪店のご主人がきて
「どこから来た?」「九州?」「寝るとこないのか?」「うちに泊まれ」と言ってくださいました
遠慮しましたが、ご好意に甘えて泊まることにしました。夕飯というお酒のおつきあいもしました。自分は未成年なのでお茶で(笑)

旅の後半になってくるとお金がなくなってきました
それで、飲み物はタダの水だけ 夕食は食パン1枚という生活でした
ある無人駅で寝る前に食パンを食べようとしたら、バイクでツーリングしている人が来ました
そして「晩飯はそれだけなの?」と聞かれて「はい」と答えると
ボンカレーをくれました。
自分は冷たいボンカレーを食パンにのせてたべました
本当にうれしかったです

自分はそれまで人からの親切を素直に受け取れないような人間だったのですが、この旅ではたくさんの親切をいただき、素直に感謝できる人間になった気がします

上の話は何十年も前の話です、でもいただいたボンカレーの感謝は一生忘れないです
書きながら思い出して涙があふれてきました

ツーリングを進めます

北海道の皆さんやバイク乗りの方からの親切を受け取って、ツーリングを進めます
定番の日本最北端の地も行きました
キタキツネにも会いました。けっこう餌を求めて近寄ってきます

ところで自転車で走るにあたってつらいシーンはなんだと思いますか
みなさん「上り坂」だと思うかもしれませんが、本当につらいのは風です。「向かい風」です
上り坂は後どのくらいで終わるかわかっているので、頑張れるのですが、向かい風はいつ終わるかわからないので精神的にきついです
そして上り坂は、頂上まで行ったら達成感がありますし、その後、下りというご褒美が待っていますが、向かい風にはそれがありません

さて、ずっと駅に泊まりながら走ってきましたが、たまには風呂に入りたいし、美味しいものを食べたい(食パンじゃないものを食べたい)
ということで、霧多布岬にある宿「霧多布里(きりたっぷり)」に泊まることにします

この宿はバイク乗りの人に聞いた評判の宿でした。インターネットがない時代でしたから、そういう口コミしかありませんでした
評判どおりの宿でした
ワインが出てくる。ワインを牛乳で割るらしいです。北海道の人はそうやって飲むのかな。そして地元魚のオーナー手作り寿司が食べ放題です
この時代は回転寿司とかなくて、寿司=高級の時代でしたから嬉しかったです
寿司を食べていたら近所の漁師さんが花咲ガニを持ってきてくれました

これも頂きました
大満足で宿を後にしました

北海道に入る時は、九州から東京、東京から北海道と太平洋側のフェリーを使いました
帰りは北海道から京都府舞鶴市への日本海側のフェリーを使いました

このフェリーが揺れました、全員船酔いです。自分も胃の中が空っぽになりました
なんとか舞鶴に到着し、自転車で大阪まで行きます
そして大阪からフェリーで九州まで帰りました

こうして約1か月の放浪の旅が終了しました

今回走ってる間は「なんでこんなつらいことしてるんだろう」とずっと思いながら走っていました。でも北海道の皆さんの親切を受け取って、少し成長して帰ってきました

(おわり)

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