規則やルールがあいまいなのは悪なのか

規則やルールがあいまいなのは悪なのか

  1. 「その規則はあいまいなのでいっそのこと全部禁止にしろ」
    以前聞いた言葉です
    例えばマンションの規約に「公序良俗に反することを禁止します」と書いてあります
    公序良俗に反することって何なんでしょうね あいまいですね

法律のあいまいさ

法律はわざとあいまいに書いてあります
そのことを法律の専門家は以下のように解説しています。引用します*

法律には、起こり得る場合を全て取り上げて細かく書き並べられているわけではありません。もしも、起こり得るあらゆる場合を前もって全て書き尽くすことができるのなら、裁判など必要はありません。機械的に法律を適用していくだけで済みます。
しかし、法文にあいまいさがあるというのは、その法律の適用に際し、柔軟性があるということです。適用範囲が広いということです。見方を変えると、法律は敢えて文のあいまいさを上手く利用して広い適用範囲を確保していると言えます。 *時枝福治の認識基礎論「法文の曖昧さと統制目的」

法律だけではありません。いわゆる規則やルールも同様です
例えばマンションの規約も起こり得るあらゆる場合を前もって全て書き尽くすことはしません
「敷地内を全裸で歩かないこと」とか書いてないですよね。
仮にそれを書いたとしたら今度は「全裸じゃなければいいのか」とか書き出したらきりがありません
そこは法律と同様にわざとあいまいさを残すことで適用範囲を柔軟にしているのです

その規則はあいまいなのでいっそのこと全部禁止にしろ

法律や規則はわざとあいまいにしていることは上に書きました
だからとうぜん「あいまい」というシーンにぶつかると思います
その場合は「言葉の解釈を原点に戻ってもう一度考えてみる」とか「具体的事例を当てはめて考えてみるとか」が必要になってきます
でも、そういう考えなしに「その規則はあいまいなのでいっそのこと全部禁止にしろ」と言う人がいます
そういう人は「マンション敷地内での公序良俗に反することは禁止」という規則はあいまいなので「いっそのことマンションの敷地内への立ち入りを全面禁止しろ」と言うかもしれません

なぜ極論を言うのか

ものごとは0か100ではなく、その間にグラデーションがあります。じつはグラデーションというのは取り扱いが面倒なのです
人はものごとを0か100と決めつけたほうがラクなのです
「その規則はあいまいなのでいっそのこと全部禁止にしてしまえ」と0か100に決めつけたほうがラクなのです

自分と異なる意見を認めない

0と100の間にグラデーションがあるということは、いろいろな意見があるということです
そこでは自分と異なる意見を認めることが大切です
それは異なる意見に賛成しろと言っているのではないです。「異なる意見には賛成できないが異なる意見があることは認める」ということです

でも自分と異なる意見を認めない人がいます
そして自分の意見が認められないと、自分の意見に近い0または100にしてしまおうと画策します

大切な考え方

ここまであいまいさについて書いてきましたが
大切な考え方があります。
マンションの例だと「公序良俗というのはあいまいだから、全裸禁止と規約に入れるべき」といわれたらこう答えればいいのです「知らんがな」

(おわり)

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